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江戸後期に建てられた茅葺き屋根の家。昔ながらの様式を残したまま、現代の暮らしにも対応できるよう移築・改修した住宅が話題を呼んでいます。場所は神戸市北区道場町の旧街道(くらがり街道)沿い。茅葺き屋根の家は真夏でもクーラーがなくとも涼しく、快適に過ごせると言います。古民家改修なども手がける「いるか設計集団」が、神戸市の登録文化財第1号の家屋を移築・再生。改装中は職人の指導で屋根を葺く体験会も行い、若い世代のみならず、外国人らの関心も高かったそうです。そこで、茅葺き屋根の魅力について実践レポートします。

「茅葺きの里」神戸市

神戸市は異国情緒あふれた港町のイメージがありますが、実は市内には約800もの茅葺き民家が所在しています。しかし現在その数は減少傾向にあり、神戸市では茅葺き屋根の悩み相談ができる窓口を設けるなどして、農村景観を形成するこの貴重な文化遺産の保全活用の推進に取り組み始めています。特に北区は多くの茅葺き民家が現存し、日本でも有数の茅葺き屋根が残っている地区。今回の大前延夫さんが所有する大前邸もそこにあります。

「新名神高速道路の建設に伴い、大前邸は壊すか移築するかの選択に迫られていました。大前さんが大学を卒業する22歳まで過ごし、思い出がつまった家です。1997年、神戸市登録文化財の第1号にも登録されており、果たして、そんな家を壊していいのか。どうやったら残すことができるのか。維持費はどれくらいかかるのか。大前さんからそのような相談を受けたことから始まりました」

こう話すのは「いるか設計集団」取締役の殿井直さん。自ら志願し、代表取締役の有村桂子さんと共に大前邸・移築プロジェクトに取り掛かり始めました。

「文化財ゆえ、中は住みやすいよう、手を加えてもいいが、外観はそのままを維持することを条件にスタートしました。言うまでもなく、価値があるのは茅葺き。しかし、旧大前邸はせっかくの茅葺き屋根があまり目立っていない印象があったので、茅葺き屋根の存在感が全面に出るようなつくりにしたいと思いました。また18世紀後半に建てられた家屋なので、今の建築基準法に合わせる必要があります。例えばコンクリート製の基礎をつくり、そこに柱をボルトなどで緊結しなければならない。外観を保つため、どうやってそれらを見えないようにするか。また現行法に則った風圧力や耐震性の問題もどうクリアしていくかなど、なかなか苦労しましたね」(殿井さん)

「いるか設計集団」取締役の殿井直さん。兵庫県のヘリテージマネージャーも務めます

茅葺き屋根は職人の感覚で仕上げる

茅葺き屋根は職人の裁量によって決まります。合理的な理由というより、建物の風貌や周辺とのバランスを考えて、職人の感覚で仕上げていきます。大前邸ではクルマを4台分ほど停められる広さの駐車場に、クルマの高さほど積み上げた大量の茅を用意し、屋根に葺いていきました。

「それを4、5回ほど繰り返しました。茅葺きの工事は気が遠くなる作業で、呆れるほど大変です。傍から見ている分には、ものすごく面白いんですけどね(笑)」(殿井さん)

熱い空気というのは上昇していきますが、草を束ねた屋根なので、その隙間から熱い空気が抜けていきます。また太陽の熱が入ってこないよう断熱効果もあるので、夏でも茅葺き屋根の家は涼しいのです。

下から見た茅葺きの屋根裏(左)。茅をよく見てみると、内側はヨシ、真ん中は稲藁、見える外側はススキと、3つの層になっているのが分かります(右)

750メートル先のご近所へ移築

持ち主の大前延夫さんは、関西空港の埋め立て造成用の土砂採掘や埋め立て工事など、定年まで土木エンジニアとして活躍されました。しかし、その活躍の裏側で、エンジニアとしての地域開発など、働き甲斐との引き換えに、その地域の風土・文化・歴史の資産を壊してきたように感じる部分もあったといいます。多くの人々の役に立つ工事をするため、小さなことには目を瞑ってこれまでやってきた。このような背景や思いも、この小さな茅葺き民家を残す決断の理由のひとつになったそうです。

「関西空港建設のプロジェクトに携わっている時、地域の付き合いで淡路の文化・歴史を学びました。地域の資産を引き継いでいく大切さを知ったのです。茅葺き民家を残すと決めたのは、これまでの懺悔のようなものでもあるかもしれません。まあ、いまだに周りからは壊してしまって移転補償金をもらっておけばよかったのに、と言われますけどね(笑)」(大前さん)

大前延夫さん。現在も大前技術・安全コンサルト事務所の代表を務めるなど、多岐にわたって活躍中

大前さんのほうから設計に関しての要望は特になかったそうですが、こだわったこともありました。土木の世界では土も石も大事にします。だから750メートルほど離れた新しい引越し先に、単に家だけでなく、土を含めた、すべてを移動させました。

「ダリアも向こうの畑で作っていたものを持ってきました。母が好きだったダリアの花作りを私が引き継ぎ、もうかれこれ20年以上育てていますね。今も茨木の自宅から行ったり来たりを繰り返していて、半分くらいはこちらで過ごしています」(大前さん)

2015年、新大前邸が竣工

殿井さんは茅葺きの屋根を活かすため、そこにはあれこれつけない方針を立てました。茅葺き屋根の家に付属棟をつなげることで、現代の暮らしに対応できる家にすることにしたのです。実測調査から竣工まで3年の歳月をかけ、2015年、ついに新大前邸が完成しました。

完成した茅葺き民家と付属棟

「茅葺き民家と付属棟は大ガメと小ガメが並んでいるような関係を意識しました。残すべきものは残し、改修すべきものは改修する。下手にアレンジしてしまうと中途半端になってしまいます。割り切りが大切。昔ながらの茅葺き民家も現代的な付属棟も、どちらも日本の家屋です。用途や気分などによって、どちらで過ごすか選ぶというのも楽しいと思います」(殿井さん)

茅葺き民家の中は可能な限り、そのままで残してあります。畳部屋は風通しがよく、夏でも快適に過ごすことができます。昔のままなので規格が現代のものとは違い、鴨居の高さは1.7メートルと低めです。普段、床の下に隠れている冬使用の囲炉裏は、昔のようにみんなで集えるよう新しく設置。框には梁材を再利用しています。

囲炉裏を囲んで直接座れるよう、木材は柔らかい杉を使用しています

付属棟はロフトの部分の木材に宮崎産の杉を使用したり、暖炉を設けたりするなど、こちらも遊び心満載の、こだわり設計になっています。大前邸を見学しに来た人の中には、特に付属棟を気に入って帰られる人もいるとか。

はしごを取り外し、広々とした空間にもできます(左)。冬には暖炉で暖まることもできます(右)

茅葺き屋根の維持・普及のために

大前さんはNPO法人神戸茅葺きネットワークの代表理事も務めています。

「茅葺きの古民家を残しておきたいという思いからNPOを始めました。神戸市北区には茅葺き民家がたくさんあるのに、地元の人も意外と知らない。そこで茅葺き茶話会などのイベントを開催し、茅葺き屋根を広める活動をしています。次回はバスツアーを企画しています」(大前さん)

神戸北区にある数百軒の茅葺き民家ですが、そのほとんどが今はトタン板などで覆われており、茅葺きのまま残るのは約90軒。その割合は1割ほどだそうです。

神戸市内に残る茅葺き民家(左)。神戸茅葺きネットワークでは自ら茅場を作って、ススキを育てています(右)

「神戸市は茅葺き屋根の文化遺産の保護をやろうとしているけど、民家は個人資産。公的なお金を出すというのは、なかなか難しい面があります。登録文化財にして補助金を出すといっても、登録されているのは十数軒だけ。では残りの茅葺き民家はどうするのか。高額な費用や耐火性能の問題など、解決していかなければならない問題はたくさんあります。しかし、文化を残すということは、それを使うということ。単なる観光スポットとして残しても意味がないんです。茅葺き屋根の文化を残すために、地道で大変な作業かもしれませんが、これからもやれることをやっていきたいです」(大前さん)

茅葺きの屋根といった昔ながらの文化を残しつつ、現代的な住居に変貌した大前邸。神戸市デザイン賞を受賞(第3回 神戸市都市デザイン賞 ストック再生賞「大前家住宅」)するなど、現代のライフスタイルに合った空間デザインが評価されています。大前邸のコンセプトは廃れゆく日本文化遺産の維持・保護のための大きなヒントになりそうです。

お問い合わせ先/いるか設計集団NPO法人神戸茅葺きネットワーク

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