フィンランドや北欧諸国の社会で、「自然享受権」あるいは「万人権」と日本語訳ユニークな「権利」が守られている話を聞いたことはないでしょうか。例えば、国立公園や私有林であれ、どこの森からでも、見つけた人がベリーやきのこを無断で採って大丈夫という驚きの内容が保証されています。この権利のおかげで、フィンランド人は夏や秋の収穫シーズンに、栄養たっぷりのベリーやきのこをせっせと採取し、冬の分まで貯蔵することができるのです。さらには、都市民が自治体から畑を安く借りたり、市営の農地の作物を共有できるシステムまで。フィンランド人の「自然の恵みはみんなのもの」という徹底した考え方の実際を、のぞいてみましょう。

国立公園や私有林であれ、誰もが自由に立ち入って自然環境を享受できる

さまざまな食用キノコが生えてくる秋には、たくさんのフィンランド人がバスケットを持って森を訪れる

「自然享受権」あるいは「万人権」と日本語訳される権利は、他人や生態系に損害を与えない程度でなら、国立公園内であれ私有林内であれ、誰もが自由に立ち入って、その自然環境を享受できる、というもの。

「自然環境を享受する」という行為のなかには、例えば、その森や野で見つけたベリーやキノコを自由に採取することさえも含まれます。他人の所有する森に生えてきた松茸やポルチーニ茸などの美味しいキノコでさえ、見つけた人が持ち帰って良いというのですから、日本人の感覚ではちょっと信じがたい寛容さですよね。

ただし、森で見つけたものをなんでもかんでも持ち帰って良いというわけではありません。例えば、無許可に木の伐採や狩猟をしてはいけません。フィンランド人は、クリスマスシーズンにツリーのための木を森から伐り出してくる…という話を聞いたことがあるかもしれませんが、これは所有者に許可を得た私有地から、あるいは自治体が「このエリアの、何センチ以内の若木なら伐っても良いですよ」と周知した市営林なら大丈夫、という話です。

狩猟に関しては、森の生態系の最新状況を調査した上で、対象動物ごとに、「今年はいつからいつまで、何頭まで獲って良いですよ」という日程や数値が発表されます。狩猟者は、銃の所持に免許が必要なのはもちろん、毎年このルールの把握と報告をしないといけません。

正しい知識があれば誰でも楽しめるベリー摘みとキノコ狩り

ブルーベリー(ビルベリー)を手で一粒ずつ摘むのは時間がかかるので、バリカンのような器具で一気に刈り取り、あとでふるいにかけて葉やゴミを落としていく

実際、この権利にフィンランド人がもっとも恩恵を受けているのは、夏のベリー摘みと秋のキノコ狩りの時でしょうか。ベリーとキノコは、フィンランドの清らかな自然のなかで育つ2大スーパーフード。森に自生するベリーの代表格は、ブルーベリー、ラズベリー、クラウドベリー、コケモモ、レッドカラント(赤スグリ)などです。

とりわけ、国民の多くが毎夏せっせと摘むのは、なんといってもブルーベリー。正しくはビルベリーと呼ばれる、小粒で酸味の強い、栄養たっぷりのベリーです。仮に国民全員がひと夏で10リットルずつ摘んだとしても、国内に生える総量の10%程度に過ぎないと言われるほど、どんな森でも簡単に見つけることができます。フィンランド人は、夏の間に1年分のビルベリーを摘んで、冷凍保存しておき、森から何も採ることができなくなる冬に、少しずつ解凍して食べ続けます。

そのまま頬張っても野趣あふれる素朴な味で美味しいですし、パイやケーキのトッピングにしたり、ヨーグルトやアイスクリームに混ぜたり、煮詰めてジュースを作るのも定番です。また、真っ青な色素を持っているので、口に入れても無害な「子供の絵の具」として活躍したり、染料に利用したりもします。一気に食べすぎるとお歯黒状態になるので、要注意!

知識のある人と森に入れば、小一時間でこのくらいの食用キノコをゲットするのは難しくない!?
映画『かもめ食堂』にも出てきた黄金色のアンズ茸は、群生するので森のなかでも見つけやすい

ベリーは有害な種もほとんどないので、誰でも気軽に採取を楽しめますが、キノコは、毒キノコがいくらでも生えているので、正しい知識を持たずにトライするのは危険です。ですが、見分けるのが簡単で、しかも美味しい「初心者向け」のキノコも結構あり、これらはキノコの達人でなくとも採取が容易にできます。

例えば、 イチョウの葉の形によく似た黄金色のアンズ茸、焼き立てパンのようなふっくらした笠が特徴的なポルチーニ茸などですね。そしてなんと、ヨーロッパアカマツの続く森では、強烈な香りを放つ天然松茸も結構採れるのですよ!

ただし、フィンランド人は松茸の匂いがあんまり好きではないそうで、食用としては不人気です…。キノコは、なんといっても香りと出汁が素晴らしいので、クリーム仕立てのスープや、ステーキなどにかける濃厚ソースを作るのにも大活躍。フレッシュなキノコの柄を刻んでサラダに入れたりもします。

また、キノコもベリー同様保存が可能ですが、種によって乾燥保存が向くものと冷凍保存が向くものがあるので、知識が必要です。乾燥作業は、自宅のサウナ室で行なったり、なんとキノコ専用の乾燥機を所有している家庭もあります。

市民に自由に摘んでもらうために市営の畑で栽培されている花々。ここから摘んだ花で花束をつくってパーティなどに持っていく人も
市から農地を借りて、夏の間に農作業を楽しむ市民。畝作りからやらないといけないですし、水は近くの湖などから毎日自分で汲んでこなければならないので、結構な重労働

都市に暮らす人だって、土を触って自然に親しみたい

このように自然を楽しむ「権利」以外にも、日頃自然のなかで過ごす機会が相対的に乏しい都市住民が、農業や収穫といった作業を通して充足感を得られるようにと、自治体がさまざまなサービスを提供しています。例えば、市民が作物を自由に収穫して良い、豆や野菜、色とりどりの花が咲く市営農地が、首都ヘルシンキの郊外にも存在します。

また、自治体から格安で借りられる農地も各街の郊外に確保してあり、雪解けの季節を待って、朝夕に本格的な開墾作業に勤しむ市民もたくさんいます。農地には水が引かれているわけではないので、大きなバケツやタンクを持って近くの湖や川から汲んでこないといけません。水や備品の運搬作業には、かつて子育てで使っていたベビーカーを活用する人も多いですね。

このほかにも、住宅街そばの緑地で、羊が放牧されていたり、果樹園が手入れされていたりと、フィンランド人は、暮らしているのが田舎でも都市でも、常に美しい自然が身近にあって、その恩恵を受ける日常を謳歌しているのです。

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この記事の筆者
こばやしあやな ライター

東京で2年あまり雑誌編集者として働いたのち、2011年にフィンランド中部地方のユヴァスキュラ市に移住。現地の大学院に入学し、同時期に「Suomiのおかん」の屋号を掲げて、フィンランド在住コーディネーター、ライター、通訳・翻訳者としてのフリーランス活動を始める。大学院卒業後に起業をして現在に至る。日本とフィンランドの公衆浴場文化の研究家としての顔も持つ。

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